私見創見「プレーの『楽しさ』」【デーリー東北 2016年8月18日掲載】

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デーリー東北 2016年8月18日(木)朝刊 コラム「私見創見」より

プレーの「楽しさ」

五輪も地方大会も最高の舞台

「最高の試合をするのに最高の環境である必要はなくて、舞台は何だっていいんですよ。オリンピックだっていいし、普通の市の大会だっていい」。連日のリオデジャネイロ五輪の報道を見ていて、以前とある取材を受けて答えた言葉をふと思い出した。

八戸レッズが全日本選手権AグループからBグループに降格し、勝てずにもがいていた時期だった。自分自身も日本代表から外れ、候補合宿にさえ呼ばれないことは分かっていた。20代後半だったが引退するつもりはなく、「レッズから日本代表選手」という気持ちで練習していた。

「最高の試合ができるなら舞台は何だっていい」と本気で思っていたので、地方大会だろうが練習試合だろうが、常に五輪のように真剣勝負。試合そのものが楽しくて仕方なかった。

「楽しい」と言っても遊び感覚でプレーする楽しさではなく、真剣勝負ができる楽しさのこと。リンクの上では自他ともに認める負けず嫌いなので、「練習試合」という言葉も使いたくないくらいだ。

新しい戦術や選手同士の連係を確かめる、若手を試すといったチームとしての目的はあるかもしれないが、選手として戦う以上、負けていい試合などないと思う。

相手が格上だとしても、本気で戦って負けるからこそ、「今の実力が分かった」という意味が後からついてくる。「練習試合だから負けてもいいや」「本番の大会で勝てばいい」と試合前から思っていては成長しないのだ。

常に高いモチベーションを保とうと強く意識したのは30歳を過ぎてからだ。結婚や出産を経験し、娘を家族に見てもらって一人でリンクに行ける時間が有り難いことだと気付いた。体力的にも「引退」の文字が毎年頭をよぎり、あと何回試合ができるだろう、あと何試合このメンバーで戦えるのだろうと思うと、きつい練習も貴重な時間だった。

今までで最高の試合は? と振り返ると、長野五輪の試合ではないことは確かだ。満員の観客で最高の舞台だったかもしれないが、最高のプレーができたわけではない。思い出すのは全日本(B)で優勝した2010年の名古屋大会と14年の八戸大会だ。

どの試合も楽に勝てる相手ではなく、常にリードされる展開の時もあった。でも、なぜか負ける気がしなかった。体が軽く、パックも選手の動きも、ゴールの空いている隙間もよく見えた。

何より、決勝戦が終わった後の拍手がとても大きくて温かかった。14年はソチ五輪があったシーズンだが、地元八戸で優勝できたことは、私にとって五輪のメダルと同じ価値があり、最高の舞台で最高の試合ができた瞬間だった。

「どのような舞台であれ、最高のパフォーマンスができる可能性は常にある。それは本人次第だ。その可能性を追求できる選手は、試合の結果によらず、常に勝者なのである」

代表から外れた自分を、ライターの方がこのような言葉で表現してくれた。おかげで救われた気がしたし、選んだ道は間違っていないと思えた。たとえ練習試合でも、新聞にたった1行の結果が載るだけでも、「常に最高の試合を」という気持ちで取り組むことが目標を達成するために必要な道のりであり、選手としての楽しみでもあるのだ。

それにしても、なぜ「最高の環境である必要はない」という言葉を思い出したのか。リオ五輪の水球や飛び込み用のプールが濁るトラブルがあったからだ。元水泳部としても信じられない!

どんな状況でもどんな環境の下でも頑張ってきた世界各国の代表選手が競う場だからこそ、五輪は最高の環境を整え、最高の舞台の一つであり続けてほしい。

<二次利用申請許可済み>

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