私見創見「スイミー」【デーリー東北 2016年11月10日掲載】

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デーリー東北 2016年11月10日(木)朝刊 コラム「私見創見」より

スイミー

個性を生かすチーム作り

「お母さん、私ね、イセエビになるよ」。小学1年生の長女が学校から帰るなり、玄関先で叫んだ。7歳にしては珍しい将来の目標だ、とのんきに思ったが、よくよく聞くと学芸会の話。「スイミー」(作・レオ・レオニ、訳・谷川俊太郎)の演劇をするらしく、オーディションでイセエビ役をつかんだという。

早速、教科書を広げて大きな声で音読を始めた。「ひろいうみのどこかに、小さなさかなのきょうだいたちが…」。約30年前に習った時と全く同じだ。

みんな赤い魚なのに、なぜかスイミーだけは真っ黒。ある日、大きなマグロがやってきて、きょうだいが食べられてしまう。泳ぐのが誰よりも早かったスイミーだけが助かり、海の冒険に出る。クラゲやイセエビなど多くの生き物と出会い、知恵と勇気で仲間とマグロに立ち向かう。

懐かしさが込み上げてくると同時に、ある試合を思い出した。今年3月の全日本選手権(A)。次の日に何としても勝たなければならない試合を控え、ホテルでミーティングが行われた。
対戦する相手は、ここ数年、いつも僅差の試合になるライバルチーム。2月の女子日本アイスホッケーリーグで逆転負けを喫していたこともあり、皆が「勝ちたい」と目の色を変えていた。プレーの確認や指示が告げられる中、最後にコーチから話があった。

「みんな、スイミーって知ってる?」。それまで漂っていた緊張感が一瞬で緩む。「あ~、知ってる!」「懐かしい」。選手に笑顔が戻り、口々に会話をし始めた。スイミーは1977年から国語の教科書に採用されているので、ベテランも若手も選手全員が学校で習っていた。

「スイミーってさ、小さいけれど、みんなそれぞれが役割を果たして大きな魚に見せ掛けるんだよ。誰か一人でも勝手な行動をすると、大きな魚に見えなくなる。明日の試合も一緒。まずは自分の役割を果たすこと。そして、みんなでスイミーになろう」

アイスホッケーは団体競技ゆえ、試合に勝つためにはチームのまとまりが不可欠だ。チームワーク、団結、一体感―。言葉で書くと簡単だが、ありとあらゆる工夫をしながら、1年をかけてチームを作る。

特に女子アイスホッケーの場合、10~30代の違う年代の選手が同じチームに在籍している。思春期真っただ中の中学生もいれば、仕事や家庭と両立しながら参加する社会人もいる。同じ年代で構成される学校の部活動と違い、3年で卒業という期限もない。

正直、一歩間違えばバラバラになりやすい。年代の違いに加え、試合に出られる選手と出られない選手とではモチベーションも違う。その心理状態をどう理解し、どのように保つのか。スタッフは毎試合、頭を悩ませる。

「みんなでスイミーになろう」というコーチの一言を理解し、チームとしてまとまる意識が高まった。翌日、1点差で勝利をつかむことができた。

長女から教科書を借り、試合を思い出しながらスイミーを読み返してみた。「うんとかんがえた」上でマグロに立ち向かう方法を思いついたこと、たった1匹の黒いスイミーが赤い魚との色の違いを上手に使って大きな魚の目の役割を果たしたことは、選手の個性を生かすチーム作りの参考になるのではないか。

同時に、誰よりも速く泳げるはずのスイミーが、どんな気持ちで他の魚と泳ぐ速さを合わせたのか。小学生の頃には気付かなかった大切なメッセージが、たくさん隠れている気がした。

先日、学芸会が無事終わった。長女が演じたイセエビのせりふはたった一言。「スイミー、元気をお出し!」。わずか3秒のためだけに「選ばれなかった子の分も」と毎日練習したことを、忘れないであげたい。

<二次利用申請許可済み>

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