「お兄ちゃん、夜中に扉開けた?」
「いや、開けてないよ」
あの日の朝。
棺の扉は確かに開いていた。
火葬まで日にちが空いたため、
母の体は、
棺の中で保冷剤で冷やされている。
「この状態で保存するために、
寝る前は必ず扉を閉めてくださいね」
葬儀会社の担当者から言われていたので、
棺の扉は閉めてから寝ていた。
そう、閉めたんだ。
閉めた記憶もある。
顔を眺めて、拝んで、
扉を閉めて、寝たはずだ。
それなのに。
朝起きたら、
開いていた扉。
一緒に泊まっていた兄が開けてないとしたら、
いったい誰が開けたというのだ。
「お母さん、起きてきたのかな」
「まさかね」
朝起きると、いつもそうしているのだろう。
兄は眠そうにしながら、
窓際に置いていたタバコを手に取り、
火をつけた。
「えっ・・・」
タバコを持ったまま、
動かない。
「ちょっと吸ってくるわ」
1人笑いながら、
兄は部屋の外にある喫煙室に向かった。
*
八戸市中心部、長根リンク近くにある
売市玉泉院。
いつその時が来てもいいように、と前もってお願いしていた葬儀会社が
「混んでて」お願いできず(冬だから多かったらしい)、
父の友人から手配してもらったこの部屋。
小さなキッチン付きの、広いリビングダイニング。
母がいる和室以外にも
ベッドが3つもある洋室がある。
バス・トイレ付きの2LDKで、
このまま住んでもいいとさえ思ってしまう、
綺麗な部屋。
「実は、奥様のお名前が会員名簿にありまして、
以前、お支払いしていたようです」
予定外と思っていたその場所は、
担当者が言うには
母が生前に契約していたところ。
父も兄も私も、誰も知らなかった。
体を壊してからだろうか、
支払いはストップしていたらしいが、
会員扱いなので、葬儀の料金も割引に。
「大丈夫。すべて予定通りよ。
最後くらい、こういうキレイな部屋にいたかったのよ」
和室で「寝ている」母が、笑ったような気がした。
*
亡くなったのは12月11日。
火葬は17日になり、
約1週間も間がある。
その間、母の親族と、
親しい方に連絡し、
思い出話に花が咲く。
「お母さん、ビール飲むの好きだったもんね」
「んだ。乾杯」
賑やかな時間と、
静かな時間が、
交互に訪れた。
*
寒そうにしながら、
タバコを吸い終わった兄が戻って来た。
「案外、そうかもしれねーなあ」
「何が?」
「いや、母さん。
タバコ吸いたくて出て来たかも。
俺のタバコ、1本なくなってるんだ」
兄はタバコが1本ないことに気づいたが、
寝ぼけているのだろうと、
気持ちを落ち着かせるために外に出たのだ。
「よほど吸いたかったんだよ。
お線香じゃなくて、タバコよこせって」
そう言いながら兄は、
ヘビースモーカーの母が好きだったセブンスターを1本、
お線香代わりに供えた。
*
寝ぼけていたのは私だろうか。
本当は、夜中に起きて、
母の顔を見たくて扉をあけて、
開けっ放しにしたのだろうか。
もしそうだとしても、
タバコの件もある。
いったい、誰が。
まあ、いっか。
母だった、と思うことにしよう。
「宇宙人はいるって思ったほうが、
人生楽しいじゃない」
そう言っていたのは生前の母。
そんな母のことだから、
横になっているのに飽きて、
タバコを吸っても何らおかしくもない。
ねえ、お母さん?
バイバイ、またね。
そっちの世界でも、
どうかお元気で。
*