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「お兄ちゃん、夜中に扉開けた?」

「いや、開けてないよ」


あの日の朝。

棺の扉は確かに開いていた。


火葬まで日にちが空いたため、

母の体は、

棺の中で保冷剤で冷やされている。


「この状態で保存するために、

寝る前は必ず扉を閉めてくださいね」


葬儀会社の担当者から言われていたので、

棺の扉は閉めてから寝ていた。


そう、閉めたんだ。

閉めた記憶もある。

顔を眺めて、拝んで、

扉を閉めて、寝たはずだ。




それなのに。


朝起きたら、

開いていた扉。

一緒に泊まっていた兄が開けてないとしたら、

いったい誰が開けたというのだ。



「お母さん、起きてきたのかな」

「まさかね」



朝起きると、いつもそうしているのだろう。

兄は眠そうにしながら、

窓際に置いていたタバコを手に取り、

火をつけた。


「えっ・・・」


タバコを持ったまま、

動かない。



「ちょっと吸ってくるわ」



1人笑いながら、

兄は部屋の外にある喫煙室に向かった。






八戸市中心部、長根リンク近くにある

売市玉泉院。



いつその時が来てもいいように、と前もってお願いしていた葬儀会社が

「混んでて」お願いできず(冬だから多かったらしい)、

父の友人から手配してもらったこの部屋。


小さなキッチン付きの、広いリビングダイニング。

母がいる和室以外にも

ベッドが3つもある洋室がある。

バス・トイレ付きの2LDKで、

このまま住んでもいいとさえ思ってしまう、

綺麗な部屋。



「実は、奥様のお名前が会員名簿にありまして、

以前、お支払いしていたようです」



予定外と思っていたその場所は、

担当者が言うには

母が生前に契約していたところ。




父も兄も私も、誰も知らなかった。



体を壊してからだろうか、

支払いはストップしていたらしいが、

会員扱いなので、葬儀の料金も割引に。



「大丈夫。すべて予定通りよ。

最後くらい、こういうキレイな部屋にいたかったのよ」


和室で「寝ている」母が、笑ったような気がした。




亡くなったのは12月11日。

火葬は17日になり、

約1週間も間がある。

その間、母の親族と、

親しい方に連絡し、

思い出話に花が咲く。


「お母さん、ビール飲むの好きだったもんね」

「んだ。乾杯」


賑やかな時間と、

静かな時間が、

交互に訪れた。




寒そうにしながら、

タバコを吸い終わった兄が戻って来た。



「案外、そうかもしれねーなあ」

「何が?」

「いや、母さん。

タバコ吸いたくて出て来たかも。

俺のタバコ、1本なくなってるんだ」



兄はタバコが1本ないことに気づいたが、

寝ぼけているのだろうと、

気持ちを落ち着かせるために外に出たのだ。


「よほど吸いたかったんだよ。

お線香じゃなくて、タバコよこせって」



そう言いながら兄は、

ヘビースモーカーの母が好きだったセブンスターを1本、

お線香代わりに供えた。



寝ぼけていたのは私だろうか。

本当は、夜中に起きて、

母の顔を見たくて扉をあけて、

開けっ放しにしたのだろうか。


もしそうだとしても、

タバコの件もある。


いったい、誰が。


まあ、いっか。

母だった、と思うことにしよう。

「宇宙人はいるって思ったほうが、

人生楽しいじゃない」


そう言っていたのは生前の母。




そんな母のことだから、

横になっているのに飽きて、

タバコを吸っても何らおかしくもない。



ねえ、お母さん?




バイバイ、またね。


そっちの世界でも、

どうかお元気で。













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