【忘れられたシュウマイ】

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またやってしまった。

もう何回こうして忘れてしまうのだろう。

 

「昨日、食べるはずだったのに・・・」

 

朝食のパンを焼こうとしてレンジを開けた途端、

お皿に並べられたシュウマイと目があってしまった。

 

「俺らを忘れやがって」

「せっかく温めた部屋も台無しだ」

 

本当であれば汗だくになっていたはずのシュウマイたちは、

ようやく外の空気に触れて、どことなく寒そうにしている。

 

焼きたてのトーストに、さすがにシュウマイは合わないだろう。

申し訳ない気持ちで、寒そうにしている彼らにそっとラップで布団を掛けた。

 

 

昨日は何を食べたっけ?

サラダと鳥手羽先の煮物とお味噌汁、、、

そうだ。もう一品ほしいなと思って、

レンジで温めるだけのシュウマイを冷凍庫から取り出したのだ。

 

今の冷凍食品はすごい。

袋から出さずに、そのまま温めてもいい商品がある。

 

これを教えてくれたのはママ友でも主婦向け雑誌でもない、

自動車整備工場を営む3歳上の兄だった。

 

 

2019年12月上旬。

闘病を続けていた母が、病院のベッドで静かに息を引き取った。

悲しみに暮れる間もなく、

やるべきことをやらねばならない。

遺体を安置するため、父が前からお願いしていた葬儀会社に連絡したものの、

なんとどこもいっぱいで入れないという。

幸いにも別の知り合いから空いている場所を紹介され、

母の葬儀準備のためにそこに寝泊まりすることになった。

 

 

まるでマンションの1室のような、2LDK。

「私、最後くらいはこういう綺麗な部屋にいたいのよ」

と母が言っているような気がした。

 

 

遺体が安置されている和室を眺めながら、

リビングで一緒にご飯を食べたあの1週間。

その初日に、仕事を終えた兄が作業着のまま買ってきたのが、

高級(そうな)冷凍シュウマイだった。

 

 

 

 

「これ、うめえぞ」

確かにパッケージの写真には、食欲をそそる肉汁が写っている。

慣れた手つきでレンジで温め、皿に取り出した。

「ほら、食ってみ」

そんなの嘘だろうと思いながら口に入れると、

「んまっ!」

ある意味予想外の、本格的な味。

目を丸くする私をニコニコ眺めながら、兄がボソっとつぶやいた。

「一緒に暮らすのは高校生のとき以来だな」

 

 

 

あれから半年。

スーパーでこの本格冷凍シュウマイを見るたび、

兄と一緒に過ごしたあの1週間を思い出す。

 

「また食べよう」

あの美味しさが忘れられなくて買うのに、

こうして温めたことをすっかり忘れてしまうのだ。

 

どうして記憶からなくなったのだろう。

それも、これが初めてではない。

シュウマイとはもう何回も朝に再会している。

 

本来ならば、アツアツで、肉汁が飛び出すほどの

美味しいシュウマイたち。

毎回、レンジの中の暗さが、

シュウマイたちの気持ちを表している気がしてならない。

 

 

 

 

もしかして私、シュウマイ以外にも、

大事なことを忘れているんじゃないだろうか。

こうして、「そういえば・・・」って思うことが、

他にないだろうか。

 

その時食べたらすごく美味しいのに、

食べずに終わってしまったこと。

 

その時やったら幸せな気持ちになるはずなのに、

やらずに忘れてしまっていること。

 

心の奥にしまいすぎて忘れられているけれど、

実はとっても大事なこと。

 

 

忘れんなよ

忘れちゃダメだよ

いい加減、気づけよ

いい加減、今を生きろよ

 

 

 

 

もうお昼か。

在宅勤務を続けて6年。

用事がない限り外出もせず、

お昼はいつも1人でささっと済ませる。

 

昨日の残りのご飯をお茶碗に盛り、

冷蔵庫からシュウマイを取り出して、

もう一度、温めた。

 

 

これはこれで美味しい。

これもこれで美味しい。

 

 

でも、口に運ぶ前に彼らをじっと見ていると、

どこからか声が聞こえてきそうな気がする。

 

「俺ら、本当はもっと美味しいんだぜ。」

 

 

 

 

私はきっと、またこの冷凍シュウマイを買うだろう。

兄と暮らしたあの1週間を思い出して、

母の姿を思い出して、

「温めたら、すぐに食べるね」と誓いながら。

 

 

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