またやってしまった。
もう何回こうして忘れてしまうのだろう。
「昨日、食べるはずだったのに・・・」
朝食のパンを焼こうとしてレンジを開けた途端、
お皿に並べられたシュウマイと目があってしまった。
「俺らを忘れやがって」
「せっかく温めた部屋も台無しだ」
本当であれば汗だくになっていたはずのシュウマイたちは、
ようやく外の空気に触れて、どことなく寒そうにしている。
焼きたてのトーストに、さすがにシュウマイは合わないだろう。
申し訳ない気持ちで、寒そうにしている彼らにそっとラップで布団を掛けた。
*
昨日は何を食べたっけ?
サラダと鳥手羽先の煮物とお味噌汁、、、
そうだ。もう一品ほしいなと思って、
レンジで温めるだけのシュウマイを冷凍庫から取り出したのだ。
今の冷凍食品はすごい。
袋から出さずに、そのまま温めてもいい商品がある。
これを教えてくれたのはママ友でも主婦向け雑誌でもない、
自動車整備工場を営む3歳上の兄だった。
*
2019年12月上旬。
闘病を続けていた母が、病院のベッドで静かに息を引き取った。
悲しみに暮れる間もなく、
やるべきことをやらねばならない。
遺体を安置するため、父が前からお願いしていた葬儀会社に連絡したものの、
なんとどこもいっぱいで入れないという。
幸いにも別の知り合いから空いている場所を紹介され、
母の葬儀準備のためにそこに寝泊まりすることになった。
まるでマンションの1室のような、2LDK。
「私、最後くらいはこういう綺麗な部屋にいたいのよ」
と母が言っているような気がした。
遺体が安置されている和室を眺めながら、
リビングで一緒にご飯を食べたあの1週間。
その初日に、仕事を終えた兄が作業着のまま買ってきたのが、
高級(そうな)冷凍シュウマイだった。
「これ、うめえぞ」
確かにパッケージの写真には、食欲をそそる肉汁が写っている。
慣れた手つきでレンジで温め、皿に取り出した。
「ほら、食ってみ」
そんなの嘘だろうと思いながら口に入れると、
「んまっ!」
ある意味予想外の、本格的な味。
目を丸くする私をニコニコ眺めながら、兄がボソっとつぶやいた。
「一緒に暮らすのは高校生のとき以来だな」
*
あれから半年。
スーパーでこの本格冷凍シュウマイを見るたび、
兄と一緒に過ごしたあの1週間を思い出す。
「また食べよう」
あの美味しさが忘れられなくて買うのに、
こうして温めたことをすっかり忘れてしまうのだ。
どうして記憶からなくなったのだろう。
それも、これが初めてではない。
シュウマイとはもう何回も朝に再会している。
本来ならば、アツアツで、肉汁が飛び出すほどの
美味しいシュウマイたち。
毎回、レンジの中の暗さが、
シュウマイたちの気持ちを表している気がしてならない。
*
もしかして私、シュウマイ以外にも、
大事なことを忘れているんじゃないだろうか。
こうして、「そういえば・・・」って思うことが、
他にないだろうか。
その時食べたらすごく美味しいのに、
食べずに終わってしまったこと。
その時やったら幸せな気持ちになるはずなのに、
やらずに忘れてしまっていること。
心の奥にしまいすぎて忘れられているけれど、
実はとっても大事なこと。
忘れんなよ
忘れちゃダメだよ
いい加減、気づけよ
いい加減、今を生きろよ
*
もうお昼か。
在宅勤務を続けて6年。
用事がない限り外出もせず、
お昼はいつも1人でささっと済ませる。
昨日の残りのご飯をお茶碗に盛り、
冷蔵庫からシュウマイを取り出して、
もう一度、温めた。
これはこれで美味しい。
これもこれで美味しい。
でも、口に運ぶ前に彼らをじっと見ていると、
どこからか声が聞こえてきそうな気がする。
「俺ら、本当はもっと美味しいんだぜ。」
*
私はきっと、またこの冷凍シュウマイを買うだろう。
兄と暮らしたあの1週間を思い出して、
母の姿を思い出して、
「温めたら、すぐに食べるね」と誓いながら。